デス・オーバチュア
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ゆっくりと、ゆっくりと、どこまでも落ちていく。 地平も境界も何も存在しない、無限に広がる白い世界。 私はその世界に漂い、下？……に向かって堕ち（落ち）続けていた。 ここには何もない。 あるのは奇妙な安心感……安らぎだけ。 まるでゆっくりと自分の体が、意識が、この白い世界に溶け込んで消えていくかのような感覚。 不安や恐怖はない、溶けて消えいくのが……なんとも言えぬ心地よさを与えてくれるのだ。 もうすぐ、私という存在は……私という意識はこの白い世界と同化して消えさるのだろう……。 「WELCOME！！」 突然発生した、白い世界を埋め尽くすような七色の閃光。 「冥界へようこそ！！ 彷徨える魂よ！」 軽快な声が白い世界の安らぎを、静寂を一瞬で掻き変えた。 「…………なんだ？」 朦朧として、消えゆこうとしていたタナトスの意識がその光の激しさと声の強さによって、強制的に呼び戻される。 「勇者に敗れた魔王様！ 英雄に倒された邪神様！ お疲れさまでした。滅びし悪の安らぎの地、冥界でごゆるりとその魂を安らがせてください〜♪」 タナトスは目を細めた。 赤、青、緑、黄、紫、白、黒の七色の輝きを放つ発光体は直視することも不可能な……激しすぎる輝きを放ち続けている。 「さあさあ、貴方様の第二の人生……もとい、神生、魔生は始まったばかりです！ 悠久の時の彼方！ 再び地上に舞い戻れるその日まで、素敵な冥界ライフを楽しもうじゃありませんか〜♪」 発光体は戸惑っているタナトスの反応など気にせず、語り続けた。 「なあに、きっとアッと言う間ですよ！ いずれどっかの馬鹿魔導師か、阿呆な王様が復活の儀式をしてくれに違いありません！ それまではここで面白可笑しく、優雅に、殺伐と暮らそうじゃありませんか〜♪」 今、何か不適切な言葉があったような気がする。 殺伐ってなんだ？ 殺伐って……。 「ひたすらボーッとゆったりとされるも良し！ 食欲！ 睡眠欲！ 性欲！ 人間のような快楽に走り戯れるのも良し！ 破壊と殺戮と戦闘！ 神魔としての本質、本能を満たすも良し！ ここにはあなたの望む全てがあります！ こここそが楽園（エデン）！ 理想郷（アガルタ）！ 桃源郷（ピーチパラダイス）！ 黄金郷（エルドラド）！ 貴方の望む永遠！」 「…………」 タナトスは言葉を失っていた。 発光体の言っていることを理解することも、口を挟むこともできない。 発光体の軽快なトークは口を挟む隙をタナトスに与えなかった。 「ではでは、素敵な悦楽と退廃の冥界ライフにレッツビギンと参りましょう〜♪」 「…………」 やっと発光体のトークが止まる。 「…………」 「…………あれ？」 「………………」 「…………あれあれ？」 発光体はやっと何かに気づいたような、戸惑った声を上げた。 「……もしかして、あなた神族でも魔族でもない？ まさかとは思うけど……人間？」 「…………」 タナトスは無言で頷く。 「えええええぇぇっ！？」 発光体は悲鳴のような驚きの声を上げた。 「ちょっと、なんで人間がここに来るのよ！？ ここは神族や魔族、それも支配者クラスの存在のためだけの死後の世界よ！ なんで人間ごときの魂がここにやって来られるのよ！ しかも何あんた、なんで『形』を保っているのよ！」 「……形？」 「人間なんて掌サイズのボールみたいな塊（魂）になるはずなのに、なんで人型の霊体？……幽体？ 星幽（アストラル）体？ 第五要素（エーテル）体？ ああっ！ なんなのよ、あんたっ！？」 「……私に聞かれても困る……私はここがどこなのか？ なぜ、ここにいるのかも解らないのだが……」 「……死んだんじゃないの？」 「死？……」 そういえば思い当たることがあるような……。 タナトスはここで意識を取り戻す前の最後の記憶を思い出そうとした。 「確か、魂殺鎌を解放して……破壊衝動と殺戮衝動を辛うじて制御して……死気流の嵐を……」 そこで意識が途切れている。 次ぎに意識を取り戻した時にはこの場所で漂っていたのだ。 「魂殺鎌ぃぃっ！？」 突然、発光体が声を上げる。 「まさか、九本の神剣の一つ、ソウルスレイヤー（魂を殺す鎌）のこと！？」 「九？……あ？ ああ……」 タナトスは発光体の過剰な反応に戸惑いながらも頷いた。 「九でもはなく十だと思うが……」 「…………」 発光体が沈黙する、考え込んでいるかのような沈黙……間。 「……あんた、名前は？」 「……タナトス」 「はぁ？ それは魂殺鎌の女神（人型）の時の名前でしょ？ あんたの名前よ、あんたの！」 「……いや、それが私の名前なのだが……」 タナトスがそう言うと、発光体は再び考え込むように沈黙した。 「魂殺鎌の名前？」 そういえば、魂殺鎌は人型を取るどころか、喋ることもない。 だから、人型の時の名前など知らなかったし、気にすることもなかった。 魂殺鎌からは意識というか、本能のようなものは常に感じている。 だが、あれは意識や感情というより純粋な衝動のような気がした。 壊したい、殺したい、魂を狩りたい、狩った魂を喰らいたい……それ以外の感情や意識を魂殺鎌から感じたことはない。 「あんた、だたの神剣との契約者……超越者ってだけじゃなくて、いろいろと妙な存在みたいね……まあいいわ」 「うっ……」 七色の光が弾けるように輝きを増し、タナトスの視界を完全に奪った。 タナトスは光に体が、意識が取り込まれ、己が消え去るかのような錯覚を感じる。 光が消え、タナトスに視力が戻ると、そこには一人の少女が浮いていた。 光の当たり具合というか、見る角度により、赤、青、緑、黄、紫、白、黒のどの色にも見える七色……虹色の髪と瞳……そして翼。 虹色の輝き持つ天使がそこに居た。 「この位まで存在感を落とせば眩しくないでしょ？ じゃあ、もう少し詳しくあんた……あなたの事情を教えてくれる、タナトスちゃん？」 「……ちゃんはやめて欲しい……」 間違いなく目の前の虹色の天使はただの人間ではないと思えるので、外見の年齢など意味を持たないだろうが、それでも見た目、クロスと同じぐらい、つまり自分より若く見える少女にちゃん呼びされたくはない。 「OK！ じゃあ、タナトス。このリセットちゃんにど〜んと相談してみなさい。気が向けば助けてあげるわよ〜♪」 虹色の天使リセットは、最初現れた時と同じ軽快なノリでそう言った。 「ちっ！ 面倒臭せぇっ！」 倒れているタナトスを一瞥するなり、ルーファスはそう吐き捨てて、今出てきたばかりの門の中に消えた。 「ふふふっ、これは見事に『死んで』いますね」 リンネは倒れているタナトスの傍に座り込むと、そう診断する。 「……あの男はなぜ慌てて戻った？」 たいして興味なさそうにガイが尋ねた。 「ふふふっ、ここは特殊な場所、いくらルーファスでも転移でここから出ることはできない。だから、私の門を利用したのね」 「転移不能？…………ふん、どうやら本当のようだな」 ガイは実際に転移できるのか、できないのか、今試したのかも知れない。 少しだけ興味深そうな表情を浮かべた。 「本来、界と界を、次元を渡る為のものである私の門だけは、どんな結界も閉鎖空間も関係なく渡ることができるの。所詮結界など、空間への干渉に過ぎないのだから、次元を……時空を超える力を持つ私の門の前では無力……」 「空間転移ではなく、次元転移、いや、時空転移だから、どんな世界のどんな場所にもフリーパスというわけか……」 「ええ、そんなところね」 高位に近い魔族や神族なら嗜み程度に空間転移など簡単に使える。 しかし、次元転移などできるのは魔王とか神王とか呼ばれる支配者クラスの存在ぐらいだ。 まして、時空転移ともなれば、全ての魔族神族の中でも使えるものは十本……下手をすれば五本の指で数えられるぐらいしかいないだろう。 それだけ、時空とは、時（刻）とは神聖不可侵な領域なのだ。 「……ん？ いや、なぜ門を使ったではなく、なぜあの男は慌てていたと聞きたかったんだが？」 「ああ、それは……彼女のためね」 リンネはタナトスの亡骸をうつ伏せから仰向けにひっくり返えす。 「この女のため？ 確か、この女は……」 クリアの王城ですれ違った、クリアの死神と呼ばれる少女のはずだ。 「ふふふっ、ルーファスの永遠の恋人……になってくださらないかしら？……と私が思っている少女」 リンネは艶っぽい笑みを浮かべながら言う。 「もっとも、ルーファスが要らないというなら、私が貰うつもりだけど……ふふふっ……」 「ふん、お前やあの男のような存在が執着するほどの価値がこの女にあるというのか？……まあ、俺には関係ないか」 「あら、神剣の契約者同士である以上、あなたも彼女と無関係というわけにはいかないと思うけど……？」 「ふん、それを言うなら、お前ともだな。お前、タイムブレイカー（刻の破壊者）の契約者……所有者だろう」 ガイは確信を持って口にした。 「ふふふっ、お気づきでしたの？」 「ああ、時（拘束）の現象概念の鎖、時空転移の門、それに俺の無くなった腕を治したのも、回復の魔法や腕を再構築したわけではなく、腕の時間を巻き戻すことで蘇らせただろう？ そこまで、されて気づかなかったらマヌケだ」 「鋭く的確な推理ですけど、一つだけ訂正しておくわね。私はタイムブレイカー（刻の破壊者）と契約して時の力を得たわけじゃない。元々、そういう存在なの」 「……だろうな。お前もあの男も神剣と契約して超越者、人間を超えた存在になったわけじゃない。元から人間を超えた……人間とは次元の違う存在だ。匂い……気配の違いで解る……」 「ふふふっ、これでも神様の端くれなんですよ」 「神族か……それも魔王と同等クラスの……たく、さっきの男や闇の女といい、この大陸はどうなってやがる？ 魔王クラスの存在が中にゴロゴロしてたら、高位魔族を阻む結界など有名無実もいいところだな」 「さて、では……」 リンネがタナトスを指さすと、タナトスの体が浮かび上がる。 「私達は彼女をクリアに運ぶとでもしましょう。彼女の魂を死界から持ち帰るのは、恋人であるルーファスの役目……」 「そうだな、働いた分の金をもらわないとな」 「では、参りましょう」 空間に新たな門を出現させると、リンネとガイとタナトスの亡骸は門の中へと消えた。 黒いレザーコートの男は姿を現すなり、壁にもたれかかるように座り込む。 体の右半身を殆ど失っていながら、その男はまだ生きていた。 「おやおや、ラッセル・ハイエンドさんともあろう方が無惨な姿ですね」 男の前に、コクマ・ラツィエルが姿を現す。 「……黙れ」 黒いレザーコートの男……ラッセルは血を吐き出すかのような苦しげな表情で言った。 「まあ、相手が悪かったですね。間接的とはいえ、あの方の力を相手にしたようなものですから……人間に過ぎないあなたではその様も当然のことでしょう。寧ろ、よく生きていたと言うべきでしょうか？」 「可愛い顔して……とんでもない化物だったさ……転移するのが後一瞬でも遅かったら……右半身どころか、全てを光の中に……溶かされていた……」 言葉を一言一言紡ぐ度に、ラッセルの命の波動が弱っていく。 「さて、後数分であなたの命の炎は消えるでしょう。どうしますか？ 私ならあなたを助けて差し上げられますよ」 「……お前の……世話になど……」 「いいんですか？ このままアクセルさんの影として消えても……歴史にも、誰の心にもあなたという存在を刻みつけることもなく、寂しく消えていく……それがお望むですか？」 「…………」 「アクセルさんに弟と認めてもらえることも、ミーティアさんに兄として慕われることもなく、ただアクセルさんの影として生き、そして消える……惨めな一生ですね」 「…………」 「さあ、どうしますか？」 コクマは左手をラッセルに差し出した。 助かりたいのなら、まだ生きていたいのなら、自分の手を取れ、誘惑に乗れと誘うように。 「……いいだろう、乗ってやる……悪魔より質の悪そうな……お前の誘いにな……」 ラッセルはコクマの差し出した手をとった。 「足りぬのは三つか……」 アクセルは床に巨大な魔法陣の描かれた広すぎる部屋に居た。 その魔法陣は、いや、その部屋そのものが、七国それぞれの水晶柱の置かれていた大空洞に酷使している。 魔法陣の中心には紫水晶が、そして魔法陣の星の六ヶ所の角のうち三カ所に、白、黄、黒の水晶柱が設置されていた。 「水の青、炎の赤、そして風の緑か……」 「無問題ですよ。過半数がこちらにあれば充分です」 アクセルしか居なかった室内に紅蓮の炎が生まれ、炎が人の形を形成する。 荒れ狂う炎のような赤い長い髪、情熱的な赤い瞳、若く健康的な白い肌、スレンダーなボディスタイル、体にフィットした赤い衣を身に纏った十四歳ぐらいの少女。 「イェソドか……その姿で固定したのか？」 「流石に『紅天使』の姿で動き回るのはいろいろと拙いですからね……かといって、今までのような最弱のたるんだ体に戻るのも、きっとすぐにまた戦闘があるでしょうからなんだかなって感じですので」 「ふん……ようやく、積極的に動く気になったのか？」 「無論、ファントムのためでも、あなたのためでもなく、私自身のためにですけどね」 「そんなことは最初から解っている。お前には何も命令する気も、期待する気もない、ただ私の邪魔さえしないでくれれでばいい、赤き炎の悪魔よ」 「あはは〜っ、勿論邪魔なんてしませんよ。寧ろ、あなたの思惑通りにいった方が私にも今のところは都合が良いですしね」 「それは何よりだな」 「さてと、じゃあ用件を済ませますか。はい、これお返ししますね」 イェソドがパーだった右手を一度グーにし、再びパーに戻すと、手品のように掌の上に透明な宝石が出現した。 小さな『天使』が封じ込められた水晶、天使核、エンジェルコア、十大天使の証にして、異能の力の源。 「『ジブリール』の属性は水、青水晶の代わりにはピッタリだと思いますよ。元々、私には不要な物ですしね」 イェソドは青水晶を床に放った。 青水晶は魔法陣の星の一角に吸い寄せられるように独りでに動くと、一角の空中に固定される。 「そして、赤水晶……炎の代わりは……赤、炎属性の神剣であるネメシスが一番良かったんですが……忘れて来ちゃったんですよね。まあ、せっかく妹さんと一緒に居るのに呼び出すのも可哀想なんで、ここはコレでいいですね」 イェソドは自らの腹部に左手を突き刺した。 「何を？」 「てりゃりゃあっ！」 イェソドが勢いよく左手を引き抜くと、左手には鮮褐色の剣が握られている。 イェソドはそのまま剣を魔法陣の星の一角に突き刺した。 「私の肋骨から作ったこの炎の魔剣で代用しておきましょう。少なくとも赤水晶なんかには負けない炎の力を持っていますから〜」 「随分と協力的だな……」 「あははっ、言ったでしょ、あなたの計画が上手くいった方が都合が良いって。さて、最後の緑水晶の分はあなたの方でなんとかしてくださいね」 そこまでは面倒見切れませんからと告げると、イェソドは現れた時と同じように炎に転じ、消え去る。 「残るは緑水晶……緑、自然、風の魔力か……まあ、水晶一つ分の力などどうとでもなる……全ては次の満月の夜だ」 アクセルはそう呟くと、魔法陣の部屋を後にした。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |